もくたび vol.002
2018/1/11

『山手線一周木造の記憶』
 腰原 幹雄(team Timberize)

木造駅舎というと昭和の遺構のようなイメージがあるが、現在でも京浜東北線大森駅のホームは、幾度となく白いペンキで塗り重ねられた木造の屋根架構をみることができる。かつて駅舎やホームの屋根などの鉄道構造物には、再利用されたレール材や木材が多く使われてきた。東京の主要駅でも同様であったが、数分間隔で遅延なく運行される東京の大動脈である山手線では、乗降客数の増加、接続路線の増加などにより駅の機能を強化するために改修が進み駅の姿が大きく変わりつつある。駅として使用されながら改修が行われる駅の進化では、その隙間に木造の記憶を発見することができる。
再開発によって大きく姿を変えた大崎駅から品川駅を過ぎたところに見える広大な工事現場は、新駅の建設予定地であり随所に木材を使った新しい駅が実現する予定である。鉄骨大屋根の工事が進む新橋駅、煉瓦造のガード下の補強工事が進む有楽町を過ぎると、大規模改修を終えたばかりの東京駅に到着する。丸ノ内駅舎は、もともと鉄骨煉瓦造であったが、戦災により3階部分と屋根が損傷し戦後の応急復旧では、当時の最先端技術である新興木構造の木造トラスによる大屋根が用いられた。当初の3階建建物への復元のため木造部分は撤去されたが、ここで用いられていた木造技術は、大工の技術による伝統的に用いられてきた木造建築だけでなく、構造工学に基づいた木造建築として整備されていた第1世代の大規模木造建築技術であった。屋根の架替工事が進む京浜東北線の6番線ホームで、鋳鉄柱、木造柱と木造トラスによる屋根が最南端に数フレーム見つけることができる(写真は、解体中の姿)。丸ノ内中央口をでて皇居方面に向かうと都内では珍しい集成材による大屋根の「和田倉噴水公園レストラン」がある。1980年代に広まった新しい木質材料である集成材を用いた第2世代の大規模木造建築技術である。この時代には、大屋根建築としてドームや体育館が全国で建設された。
秋葉原駅ではわずかに残る階段部の手すりを見ながら、北の玄関口であった上野駅では、終着駅の大きな屋根もよく見ると鉄骨トラスの上に白く塗られた木の屋根部材を見つけることができ、9番線ホームでは同じく白く塗られた木製の柵がある。鶯谷駅でレール構造に木の母屋がかかるホーム屋根を見ながら南口に向かうと長い通路、そして南口では、木造の駅舎が健在である。最低限の機能を有した木造駅舎としては田端駅南口も健在である。日暮里駅では跨線橋の天井などに木部材を残すのみであるが、西口を出た谷中は東京でも古い木造の町並みの残る地域であり、のこぎり屋根の木造工場もあった。そんななかに初音小路がある。狭い路地に飲食店街で建ち並ぶ中、上を見上げると木造のアーケード屋根がかけられている。トップライトから明るい光が照らす昼間の木造アーケードは夜とは違う顔を見せている。

大森駅
東京駅6番線ホーム(解体工事中)
秋葉原駅
上野駅
鶯谷駅
鶯谷駅
初音小路
田端駅

多くの路線が交差する池袋駅では木造を見つけることができなかったが、メトロポリタン口をでれば、フランク・ロイド・ライト設計の木造校舎、自由学園明日館にたどり着く。日本で慣れ親しんだ木造建築とは異なる外国人による近代の木造建築を体験することができる。新大久保駅、代々木駅のレール構造、木屋根を過ぎると個性的な木造駅舎が残る原宿駅がある。現在、大改造工事が行われている渋谷駅でも、中央改札から東口に抜ける階段の壁、天井に白く塗られた木材を見つけることができる。複雑に動線は切り替わっていく中、木造部分がとり残されているには、容易に切断可能な木造ならではの残り方だろう。
五反田駅で東急池上線に乗り換えると新しい木造屋根のホームをもつ戸越銀座駅である。その起点の五反田駅も高架の上ながら古い木造屋根のホームが残っている。車両の構成の変化によって乗降のじゃまになった柱が切断され鉄骨で補強されているのは、切ったり付け足したりが容易にできるなんでもありの木造の愛嬌と思ってもらいたい。
完全なかたちで残る木造駅構造物は少ないが、かすかな木部材から当時の記憶をたどることができる。一方、ホーム屋根や駅舎に木造が残るなか、身近なベンチや手すりに木材が使用されなくなっているのが気になった。破損やメンテナンスの負担からなのだろうが、手に触れられ木材の魅力を伝えやすいものなので、復活できないものだろうか。
駅やホームは、時代とともに要求性能、容量の変化が余儀なくされる中で、新しい技術と新しい建築を提案し、まちに刺激を与え続けてきた。文化として古いものを残すということと経済活性化として新しいものを導入すること、両立しにくい難しい課題の解決が必要であるが、大屋根から壁、そして多層の床の建築として進化してきた木造建築の技術が、駅の進化にどのように影響をあたえることができるのか、その結果どのような新しい木造駅が生まれ、まちが変化をしていくのか第3世代の木造駅に期待が高まる。

原宿駅
渋谷駅
五反田駅
五反田駅